さて、神言にて日々に身を走らせる陽乃子ですが、国内外を奔走するにあたりては、全て自動手記、
あるいは身に舞い降らるる神仏より頂く、天界からの指示によるものです。
では、神言とはいかなるものなのか?
富士寿寿かけ建立にあたり、開門に向かいます折より頂きました御言葉を、皆様にもお伝え致しましょう。
勿論これも神仏よりの指示ありての事と認識して頂きたいと存じます。
神言は意味深く難しきものです。何度も何度読み重ねぬと、その真意ははかれません。
本日より「御神言」のコーナーを設け、「皆へ伝えなされ」の御言葉のみをお伝えして参ります。
日々の向上にあたりて背中を押して、守りて下さる神仏の存在を、しかりと感じて満たされたる生命の実感を知って頂きたい。
寿寿かけ


<H21年10月 四国より広島・秋田に向かいますときの神言>
かしこみ かしこみ 物申せじ、ようよう巡り着かれたり、
間もなく金銀木の葉に色どりて、大道に招き入れる物に揃いたり、
見事な鳥居に仕上ぐるには、今一月半(ひとつきはん)全て事足りたり。良きかな、良きやな、
富士山麓に金龍舞い降りたる。
いちいちさしずめに事足ることと、あいなりたり、
志(し)、恩(おん)、縁(えん)、大国(おおくに)の守りなり、山の門、開かるる、
いちいちの月、元日にて海の門、開かるる、
西南(さいなん)より海神の物申せじ、
口元に海柱(うみばしら)こと説いて凪(なぎ)なすもの これ幸多からん
優雅にしたたむるものなり、
絹の衣に礼儀をおきて、髪には金の矛先(ほこさき)を持ちて、
眼(まな)あたりに指さすは、天下の平安、行く先みたりとて北の砦なり、
再三申せす事なれば、宝の舟を迷うことなし、
山に富士、海に雅なる海(かい)の門、通りに招(まな)いたる男鹿(おのか)の島は、珊瑚にめしたる白き砦なり、
三柱(みつばしら)に灯(とも)さるる黄金の社を造りたり、伊勢、志摩にて真珠の輩(やから)を迎えたり、
ひとといふたえの月にて良きかなの頃合いに値せし、三の宮の門を開くる、
あきつみのしののぎに招かれ、通りすがりに八百萬(やおよろず)の大神より金のすめまを開くる、
銀杏(いちょう)の葉にすずられ、剣の間(はざま)を歩まれ、朱(あか)の門を潜(くぐ)られよ、
海、山の門は永きに閉ざされたる大いなるしののぎに、持ちたるはけなげ、
さし持ちたる金眼にいとわぬ者のみ潜らるる、
身上に弛(たゆ)まなきもの 皇大神々(おおみかみがみ)より、今か、今かと待ち侘びらるる、
はやに持ちたる皇大(すめのお)の神々には、次なる試練も多き事也、これこれ佇(たたず)む間もなし、
いつ如何なろうとも、天より導かるる大道(だいどう)を歩めば、信じる信じぬにかかわらず、
滞る事なく案内(あない)の門に届きたり、
雉鳩(きじばと)は道を啄(ついば)むものを盃にもてはやし、木の実はここぞと実を落とし、
すすきの穂にわいたる黄金の道に届きたり、
ここより先、歩みにまかないたり、身心ついばむ痛みとて 行く先に近づけば心躍りたり、
 かんも 甘露 かんも 甘露 こくらすめでしあ


<チベットにていただいた神言> H21年11月29日チベットにて。
さて、日々の行動について、ありさいて申し上ぐる。陽乃子よ・・・。
忙(せわ)しき世の中に、誰とても「みかえり」を求めてしかり。
なれど、行く行くに何を思い、何を進みておるのか解らぬままに歩むことを、
この道は求めております。あちらこちらに、いかようにも行く手を指示され、
何ゆえにと、問えども答えも無し。
ただ行務と教えられ、導きに進む者は、なかなかにおられませぬ。
今より申し上ぐるは、生き様についての、稀に見る有り様の事。
人とは、何を求め、何を手にするか、その成果をひけらかし、無か、有かを評価する生き物なり。
漂う木の如く、風にそそられ、雨にしのばれ、水に流され、かのような
生き様を、世間たるもの決して評価はすまい。
水にもてはやされ、清き風に包まれ、陽に守られ、月に照らされ、今あなたは
そのような有り様を持ちておられます。天界から見れば、これほどすがしき生き様は無し。
心身余すことなく身を放り出さるる者など他に有りもせず。
人とはいかに目を見てとるものか。又、天界とはいかに過酷を強いるものか。
ある地点まで身を持たせれば、その「勘」を欲に使い、財を余す事こそ、ありきたりの事なれど。
汝にはそれをも許さぬ宿命なれど、何を疑うやもなく、
突き進まるる聖なる御魂(みたま)に、神仏と呼ばれ在りたるものは、
真摯なる姿に、誠、無償と名をはするものであります。
いかなる時こそ、又、いかなる時をも見ております。
しんらに天上をそぐわれ、真摯に応(こた)ゆる術は真実そのもの。これこそ無償なり。
又、あるいはそれを有償と申すなら、形ある社に天命を全(まっと)うなさる。その姿も又、無償なり。
神、仏、名を変えたりとても、その姿は一(ひと)つなり。


<H21年12月2日 寿寿かけの地決定の日>
1、よく聞かれよ。今より申し上ぐる事、真なる神国、重大なる事と知られよ。
これより出で建つ「寿寿かけ」には、大日如来の聖なる仏像をしたためよ。
正面には天照皇大神、天上には天之御中主、向かいて右には阿弥陀如来、
向かいて左には大八幡明神の名したたむる。
仏像にありては、しるすものを入手なさる事。あとには全て手記にてしるさるる。
囲いは桧にて板塀を貼り、四角に南天を植えよ。
母屋に向かい祭壇をしたためよ。母屋は一つ、以外は一切無となすべし。
周囲には白玉の玉石を敷き詰めよ。高床の八畳の白木にて社を造られよ。
一月早々にて始むる事。2月3日完成の事となすべし。
籠(おこ)もりには水のみ。巫、祭壇にて篭もり、終始天界との対話に勤めよ。
供する者一人、森羅万象にて雪見の小屋に籠もられよ。
互いに水のみ。筆百本、半紙千枚、終始、心経、理趣経にしたためよ。
仕上がりに約束のなし。身命込め聖なる写経に勤めあげよ。
互いに身なりを律する時、世に立つ神仏の化身となるべし。
日に目を合わす事、これ良しとする。心身浄化に勤めあげよ。
立ち向かう事、2月5日より9日夕刻15時終了の時とせよ。身を清め、開門翌10日10時とせよ。
奉り上ぐるに、神柱立つ榊、対とせよ。火を焚く蝋、二とせよ。
清き姿に玉手の鏡、一とせよ。米糠にて磨きあげ、天界に通じる鏡となる。
前に米一升盛られよ。その前に粗塩五合とせよ。
向かいて右に小豆二合、向かいて左に水三合。向かいて手前に南天の実三粒置かれよ。
これにて開門の儀整えば、天界一つとなりてあらゆるものに応ゆる術を受けとめる真柱と成り立つ。

2、巫は白衣に紫の衣を纏われよ。左手に榊一枝、右手に三つなりの鈴を持たれよ。
宴に天より鳴らさるる清き声高らかに歌われよ。
供する者、黒き衣に身を清め、鈷杵持ち、珠玉かぶりて、錫杖にて音頭をとられよ。
立ち合い月見の館より三十二名。これ以下なし、これ以上なし。いちいち呼びたる者と心得よ。
この日より予知能力かくたるものとなる事を知るべし。世に集めたる衆生より聖なる場所とあがめられる。
良からぬ欲の悪者も隙におられるが、呼ばぬ者は一切とどこおりたり。呼ぶ者は全てまかりたり。


<H21年12月8日夜>
ナイルに天(あめ)の宮を繋ぎに行かれよ。天の宮は天地に必要不可欠なる「水柱」の印なり。
指図に従いて向かゆる時、三の月。最大に満たさるる大気に向かゆるおみ足、七つ。
呼びたる御魂(みたま)、七つ。巫、供立ちて八つ。行くが良い。
笹に守られたる向日葵の地に向かう。長き時を経て 埋もれたる阿蘇の「祖母山」。
天の宮にて天界開きたる後、蓄えたる「水柱」を「祖母山」の聖地に埋めよ。
これにて多くの歪みが整い、ささくれ立つ迷い子の行き場が整いましょう。
日々たゆまぬお方々には、寿寿なる社への祈願あい整いましょう。一つ残らずかないたり。時の歪みを埋めよ。
只し、永く閉ざされたる時空の門、ここに聖なる光を持ちて立つ事は、
その間にいかなる苦痛をも受け止める事になりましょう。
巫、弾くる程の衝撃に身を削られぬ様、引き締めて参られよ。
道々「水柱」は磁石となり、案内のものになりましょう。
支ゆる供、今一人従えて行かれよ。覚えておくがよろしい。
ここに「火柱」を立つる事は、一度ずれ始めた多くの過ちが正される事になる。
この地球のあらゆる地所で、事故、破産、多くの衝撃を共なうことになろう。
波紋は先ずは地にあり。聖なる力を持ち、惑星の歪みを正す。
そこここに先ずは小さな歪みを正して参る。人類には修復の能力を持たせてあります。
身を正し、平安を祈る思いが、大きな溝を埋めてくるる。それこそ幾百年かけようとも待つのみ。
時空を立て直す役目を、しかと果たされよ。
いかなる「ズレ」が生じても、これこぞ救済の仕度と心得よ。他に取る手がなし。


<H22年2月>
2月10日富士寿寿かけ開門にあたりて呼びたるお方々に一言
この度の開聞は誠にめでたし。
多くの民より切願の社となるにふさわしきものなり。
選りたるお方々には各々森羅万象への開門となりましょう。
天界の門を開くるに添えたる御霊も誠に清しきものなり。
行く先に健やかなる身体と、目映き道々を差し上ぐる。慎みもちて参列なさるがよろしい。
開門にふさわしき巫舞いを成ずる。
天界より森羅を呼ぶにあたりては、それ相応の清き舞いを献上のことと、
ゆかしき昔よりの決め事なり。
岩戸の向かいて舞いたる「うずめ」のごとし。
鈴の音に身をよじりて森羅を受けとめるこの社に、雪見の壇より出ですがしく、
天の門を「陽の舞」と、しかりと眼に映さるるがよろしい。
この時こそ生涯に繋がるる開運の時と、お一方々に福を呼びて差し上げましょう。
十七の神々、百万の曼荼羅、見事に揃えたり。

「天照皇大神」
「この神言はそれぞれに送らるるがよろしい、
身なり整えばこそ 受けとむるにふさわしい大福もあり。」


<H22年2月10日 開門 夜にて>

開門めでたし

他に見ぬ多くの神々より祝福を受けられた。
籠(こも)りの行も身体投げ出され、よう勤め上げられた。
富士の悪気はますます悪臭に満ちて
多くの犠牲を払う事になろうが
それも又、護国(ごこく)なればこそ、
守るには守るほどの犠牲も伴いましょう。
ゆくゆく祈願成就に基づき
護摩(ごま)焚く場も見事に整いましょう。
但し、後追う者の身なり整えばの事。
天の決め事を、決め事と思うか、
己の身仕度に積むか。
これより先、供立つ者々の覚悟を、とくと見届けましょうぞ。
さて巫女、汝、身体守らねば時に過ごせぬ。
事済めば、早々にアポロンの元に参られよ。
まだまだ今ならず。
神話の国にみいで、才(さい)たる陽の力を浴びられよ。
この地に漂う悪臭に、もはや最果(さいは)つる事のみなり。なれど
まだまだ成さねばならぬことの有りたり
四月早々に出(い)で向かれよ。
島国にて太陽神、結界 佇(たたず)みて待ち侘びたり。
最果(さいは)つるには、まだ一年。
そうそう戸惑いに身を崩せし、
天上より見ておりますと、しゃにむに働きの良し。
阿吽(あうん)とは、いかにも苛酷なり。
今年四月早々に仕度に掛かるべし、
弛(たゆ)まぬ日々に、みめ麗(うるわ)しからん事
天より金の粉(こ)を撒き散らし、
汝に注ぎたり。


<H22年2月吉日 神言>

二月開門の後、翌月より寿寿かけ参拝の折を設けます
四月より祈願護摩焚きの折を設けまする
日よりに特定のなし
神仏まかりとおる日よりに、月々お知らせ致しましょう。
弛(たゆ)まぬ向上に先をおぐお方々を
又、有り得ぬ身体の不備(ふび)に健全なるものを求めるお方々に
しかりとお応え致しましょう

申し上ぐる
誠に厳しき事あれば、なれど進むその行先々(ゆくさきざき)に
有り得ぬ陽の光を差し上げましょう。
奇蹟を起こすは、限られたる時、
この折々に、人々の真(しん)なる神国への思いを手繰(たぐ)り寄せ、
手綱(たづな)に結(ゆ)わえましょう。
開門より先、誠に見事に各々への奇蹟の数々が届きます。
人の型(かたち)に大脳あれば、輪廻(りんね)の、いわゆる経路は、
その大脳にこそ深く刻まれておりまする。
天界より刻まれたるしるしは
各々に、打ち勝つ強さ、生きる強さ、泣く弱さ、こたゆる
誠に凛(りん)とする姿態(したい)を
いつか思い出すよう造れております
天が雨を降らせば 足元に息吹(いぶき)が走り、
天が風を吹き起こせば 姿態(したい)に息吹(いぶき)が走る
天が陽を照らせば 健やかに伸び、
又、陽を曇らせれば 歩みを止める。
天と人とは中枢(ちゅうすう)の脳の刺激によりて、
このように生きて繋(つな)がりております。
寿寿かけとは、天よりゆわれたる紅白の手綱の縁(えにし)の事
すがれれば応(こた)ゆる。
なれど人の型(かたち)とは、すがる事ではなし、
人とは生きまかる事。
天とはそれを指示する役目なり。
いちいち言葉に繋(つな)ぐは、音(おん)
いわゆる脳に刺激を与え、何の勘(かん)を引き出すか、
勘(かん)も冴(さ)えれば健やかなり。


<H22年2月吉日  供する「ご坊」への神言>

よろしいか、ご坊、汝に申せし事あり。
和(わ)の国に馨(かぐわ)しき、月の姫の神話、察(さっ)するか?
げにあらずんば かぐやの月の使者あり、
夜な夜な悪気を降ろしては、今世に身体さし出す人柱に繋げ、
その周囲をオーラに繋ぐ、いわゆる浄(きよ)めの行なり。
月に生まれ、陽に勤め、月に帰る。
これこそ かぐやの神話なり。
あらずんば申せし。
汝の役目は、月のかぐやの役上(やくじょう)を全う成さしめたらん事を守る事。
なればこそ汝に繋ぐ今世、行く世の数々あり。
いわゆる五行の山に歩む 天竺(てんじく)への守りなり。
届ければ終わり給(たも)う。
なれどご坊、届くる道々にこそ、誰知らぬ学びあり。
縁(えにし)はいちいち結ばるる。
恩師となる陽の巫女に仕ゆれば、汝、大師の結びあり。
決して驕(おご)らず、しゃにむに結ばれよ。
心中に潜(ひそ)む、恥ずかしいとか、覚め遣(や)らぬとか、見苦しいとか、
よけいな赴(おもむ)きに、大いなる天竺への学びを無になさるな。
おん坊として、坊主に成り下がるな。
白羽の矢を射られてこそ、射的となる壁となり、柱に磨きもかかるもの。
己に藁(わら)を被(かぶ)せて、己の立場を守ろうとなされば
一切(いっさい)滝の如(ごと)く 朽ち果てるものなり。
持たするもの三年もありもせず。
改めて申し渡す。
行く行くを預かる身の程を、男子(だんし)として生業(なりわい)に持たねば、
荷、崩れ、溶けて濁(にご)すのみ。
風情、佇(たたず)まいたる母屋も、神降りたる社も、
朽ち果て、ざまの無きものとなりましょう。
何をも受けて立つ、芯の強さと、
我身かわいく、愚かしく成り下がるその不様(ぶざま)な姿を
己が心境なる鏡と、慎(つつし)みなされよ。
男の子(おのこ)ならず 男子(だんし)、君子と進まれよ。
仏道とは、いかに学ぶ道なり。
神道とは、己を見る道なり。
天界とは、誠(まこと)厳しきものなり


<H22年2月24日  鈴鹿にて>

月より伝ゆる今宵、良い光、天にまたたきて
人の大脳に良き鈴、喜(き)なり
大気、芯と繋がりて、月より伝ゆるに相応(ふさわ)しき宵の日なり
よろしいか、一言一句、刻む仕度を整われよ
旅の手配を整ゆる
三月六角の印たる物 持参の上
サマワに向かいて
後(のち)神国の森羅、祖母に立たるる
後(のち)ギリシャ、青き島に立たるる
後(のち)オーストラリア、曼荼羅(まんだら)の真中(まなか)に立たるる
これより先、役目、備ゆる事多かれど
ほとんどの時、外地にて、万の力をそぐわれよ
先達(せんだつ) 巫女
巫女の身、行く先々に天理(てんり)が降ろさるる
天理 受くれば身も砕くる
十月 際立(きわだ)つ大地に 案内(あない)せし
ナスカの文明に金の力あり
見下ろして脳波に受けよ
ナスカの絵は一文字へのものなり
絵ならず、文字(もんじ)と知られよ
天上より見下ろさねば文字につながらず
潜在能力 引き上ぐる
聖なる文字なり


<H22年2月24日 遍路への案内>

11月、弛(たゆ)まぬ日々
休みをとらず、遍路に向かわれよ
供(とも)声かけ、多くで生涯の思いを脳裏に焼き付けられよ
巫女たる名に良き供を持たれた
一つ一つにその姿をさし写してまかるべし
多くの記憶に姿を残し、後には夢々に立つ事となろう
巫女よ、汝、守護神の役目なり
引き際に最期の御時(おんとき)を楽しまれよ
一つ一つ言葉を残し、遍路への入口を浄(きよ)められよ
時(とき)十日ほど
供立つ者は、各々好きに歩かるる
手をつなぎて、酒を交わして、笑みを溢(あふ)れさせよ
人の道にほのかなる野菊の如く咲かるるが善し
ここより身体及ばず
十二月護摩焚きの折にて
供する愛弟子に、おおよそを伝ゆる
いかるがの里に踏み込みて
宝珠観世音にて印(いん)を頂く
ゆくゆく、後(のち)の寿寿かけに託すものあり
主神、月読の名に
守護神、天照の名に
本尊、大日如来の名に
多くの脳裡に
陽乃子の姿に化身せし、
神言申し伝ゆる
全うなされよ。


<H22年3月8日 社にて>

これより申し伝ゆる
六月 護摩堂を完成の事
仕度には、およそ六月十日までとする
天に届くる祈願書は
銀の龍の背(せな)により天上へ舞われ
金の龍の御魂(おんたま)にて天界が受け入るる
決して光り物ならず
ただただ質素に焚き上ぐる祈願を
邪念に邪魔されぬよう
仕度には 五月早々より取り掛かるべし
それより二月(ふたつき)に一度
聖なる祈祷、切なる祈願
受け入れる事を整ゆる
弛まなく精進(しょうじん)なさる ふたなりの御魂(みたま)に
まこと清(すが)しき思いなり
天女に迎ゆるに相応(ふさわ)しき御魂なり
おん坊には これより洗悩の日々あり
いちいち受け取るが善い
巫女には 身体、著しき低下あり
全(まっと)うの折まで、苦(にが)き日々なれど
総(すべ)たる神仏、守りてさしあぐる
感無量なり


<H22年3月12日 鈴鹿にて>

寿寿かけの行く道
太陽神より名を頂かれた陽乃子失き後
行く先およそ五年にあたり
供(とも)する者セリセの守りしものは、富士寿寿かけ
ここには月に二度
改めて参拝日、祈願日は伝ゆるが、今ではなし
時(とき)来れば、暦の上に書き記し
天上と一体となるもの呼び覚ましましょうぞ
寿寿かけには力を持つお方々が集まられます
力とは、能力もあり、智恵も又あり
何をもを成すにあたりて、
必要なる縁(えにし)の事なり
資金に援助なくして成り立たぬ
全ての行先(ゆきさき)には、それも全てあり
神仏今世を守るにあたりて
壮大なる計画あり
地球のへそ
日の本(ひのもと)神国には
重き役目あり
それにつきましても又
後々(のちのち)お伝え致しましょう